以前から美術教育がなくなるかもしれないぞという話は出ていました。当然ながらそれにはかなり強い批判があって、いつの間にかその噂は消えていきました。次に耳にしたのは、音楽科と合併し「表現科」となるのではないかということでした。考えてみればいつの時代も美術教育は憂き目にあってきたともいえます。
いうなれば図工・美術教育は教育が成立した時から、そのあり方について、いつも論議のまとになっていました。しかし、それは多くの良心的な学者や画家、そして教育者たちの大きな努力によって今日まで何とか存続してきたのです。 現在行なわれている図工美術教育、つまり「芸術による教育」は芸術そのものが持ているヒューマニティーを基底とした教育というところに価値を置いているはずです。つまり図工・美術教育は上手な作品をつくらせたり、美術を愛好する心情を育てることだけではないのです。 近代の芸術は「個性」を求められていることに特徴があります。作家はそのために自己の主張・思考・感性あるいは技法など、自分の表現様式を表出するために厳しい自己葛藤をくりかえしていきます。そこで美術教育はその「自己葛藤」する行為そのものに着眼し、そこに美術教育の価値をおこうとしているのです。 自分の思いをあらわしたい、なかなかできない、もう少しがんばろう、うまくいかない、よしこうしてみよう、できた、よし今度はもっとこうしてやろう…作品をつくりあげていく過程でおこるこうした様々な思いがわかる喜びへと広がったとき、それはヒューマニティー教育として成功した事になるのです。 子ども達の創造行為は、時として他教科では見ることのできない人間としての根源的な衝動にも似た行為になることを、直接子どもに関わっている教師なら誰しもが経験することです。それは確かに「生きる力」が育まれている瞬間なのです。そこには興味とか関心とか楽しい造形をする喜びを味わっているといった情緒的なことではおさえきれない、もっと大きな意味があるように思われます。それは人格形成そのものに関わるものです。その行為によって培われる労することの喜び、真実を見いだす力、自らの判断によってつくりあげる自主的な態度や能動的な行動力、そして作品を通して他人とかかわりあえる喜び、そうしたことにこの教科のねらいがあるのだと思います。 子ども達はもともと表現したり、創造することに大きな興味を持っています。ところが今日、子どもからそうした姿が消えていっています。しかも現場では教師の好みともいえる画一的表現方法や高度な技法を要求しているといった実態もあり、多くの子どもがそれについていかれないという現象も目にする事もあります。しかし、それより何よりも、指導できないままで平気でいる教師が少なからずいるという実態です。そして、そのことを特別問題視しない職場の雰囲気もあるということです。 その原因は、いつのまにか写実主義が表現のすべてであるといった観念がはびこり。そこに縛られ「物を正確に描き写させる」ことが指導だと思い込んでしまい、どう指導していいかわからなくなってしまったことなのです。 また、子どもに成功の喜びを味わわせる、つまり成就感を味わわせることが価値のすべてがあるといった観念によって「よい作品」づくりをさせればその授業が成功したとするような作品主義も横行していることも原因です。 さらに家庭や地域といった子ども達をとりまく環境社会が芸術文化に対して、まだまだその本当の価値を見いだせないままにあるという背景もその原因をさらに増幅させていることを指摘しなければなりません。 子ども達をとりまく環境の悪化は以前より指摘はされていても改善はされていません。それどころか、益々巧妙に悪化しています。子どもの文化状況は私たち大人が想像している以上に低俗化していると言っても過言ではないでしょう。私たちは、美術教育の中でもそうした状況の中にいり子ども達に、何をどう教え、育てるのかしっかり考えなければなりません。昔からある漠然とした子ども観で題材を設定したり教材を与えてはいけないと思います。 今、早急に求められている教育の課題の一つ「デリケートなやさしい心」を育むことがあります。今日の子ども達の生活の中に、自然の変化や動物や植物を慈しむ、物に愛着を持つなど心を育てるチャンスがあるでしょうか。かつて、そうしたことは、子ども達の遊びの中にあふれていました。特に大人が設定しなくても、自然にそうした心が育っていきました。しかし、現代の子ども達の遊びの形態はそうした心が育つようなものではありません。美術教育は、もともと子ども達の「遊び心」をベースにしています。その遊び心は自然界のさまざまな様子を肌で感じ、動物や植物に同調し、自分と同じ感覚や感情を投影し、命を感じ、愛が生まれる。このような身体全体でとらえて認識によってわき上がる感覚や思いを表現したくなる、その欲求を満足させるのが美術教育なのです。 渡辺貞之 深川市アートホール東州館館長 北海道
by zoukeidaiji
| 2005-12-01 10:57
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